マルモッタン・モネ美術館展

10月7日(水曜日)

午後から、東京都美術館へ「マルモッタン・モネ美術館展」へ出かけた。
開催期間が長いので、のんびり構えていたら「印象・日の出」の公開は18日までだと言うことだったので、急遽出かけることに。
3時少し前に到着したが、入場に5分ほどかかった。
マルモッタンは以前から行きたいと思っていた美術館でモネの作品を多く所蔵している。
「日の出」の前は三重にも人が並んでいて混雑。立ち止まることもできない。
大水連の習作と思われる作品がいくつもあって興味深く見てきた。
モネの画家人生の出発点となったカリカチュアも多く見ることが出来て満足。

帰り路、新宿の高島屋へ寄って、
今田美奈子~「お菓子とテーブルアート」華麗なる薔薇のおもてなし~を鑑賞。
お姫様気分を味わう。
サロン・ド・テ・ミュゼ イマダミナコ にて
「ディアーヌ・ド・ポワチエ のチーズケーキ」紅茶を楽しんで帰ってきた。

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ラマンチャの男

11月14日水曜日

友人のMさんとHさんと
帝国劇場へ松本幸四郎主演のラマンチャの男を見に行ってきた。

 

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大腸内視鏡検査を体験する②

8月8日(土)の朝10時に検査の日が決まりました。
ポリープが見つかり切除した場合、2週間は旅行(特に飛行機を利用した)を控えて欲しいと言われたのですが、22日から北海道へ飛行機で旅行に行くことに決まっていたのでギリギリでした。
検査を受ける3日前から夕食後に下剤を3錠飲み始めます。
食事も繊維質のあるもの(キノコ類、海藻、五穀米、雑穀米、納豆、トマトの皮、などなど)を避けて消化の良いものを食べます。
前日は、朝、昼は少量の食事。
バターロール1個、素うどん、素そうめん、おかゆ1/2、豆腐などは食べてよし、野菜ジュース、アルコール、果汁は厳禁。水分は検査まで制限なし。
12時までに昼御飯をすませたら、6時間後から下剤を飲み続ける。1.8リットルのマグコロール(スポーツドリンクの味)に目薬2本分量の下剤を全部入れて、15分間隔で200ミリリットル飲んで、トイレに行ったら時間と便の状態を記録することを繰り返します。途中で2回、耳かき2杯の食塩を接種します。
白い水のような便が2回出たら完了となりますが、その後で500ミリリットルのポカリスウェットを飲みます。すでにお腹はガボガボで気持ち悪くなってきました。
翌朝6時にコップ3杯の水を飲んで、腸内の便をすべて出し切ります。

クリニックでは、お尻が丸く開いた検査着を着て診察台へ。
先生の説明を聞きながら腸内の様子を見てきました。
結果は異常なし。安心して帰宅しましたが腸の状態が改善されたわけではないので、治療は続くと思います。でも、ここ2、3日はお腹の調子が良いのでやはり精神的なものなのでしょうか。

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大腸内視鏡検査を体験する①

定期的に診察を受けている内科の医師から、過敏性腸症候群ではないかといわれて2カ月ほど薬を飲んで様子を見ていたが、症状は変わらず、ガスが腸内に溜まって張る感じがして、グググっと鳴ったり、便もゆるい状態が続いていたので紹介状を持って「大腸肛門クリニック」へ行くことになりました。
主治医曰く「過敏性腸症候群は精神的なものが大きいから、1度検査を受けてなんでもないと分かれば改善されるかもね・・・」とか。
クリニックで採血をして検査キットの説明を受けて検査日を予約しました。
その時の受付の方の説明は
「内視鏡検査を受けて頂いた時に、ポリープが発見されればその時に切除致しますが、大体5~6万円位かかります。カードは使えませんので現金をご用意ください」とのこと。
「ポリープの個数ですか?たくさんあったらもっとかかります?」と私。
「いえ、1個いくらという訳ではないですが」と。
なんだかよく分からない説明を受けて帰宅しました。

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夏休みも半分過ぎて

夏休みが始まってから、いつも午後3時から8時半までの勤務時間が午前中と夕方からの2回勤務に変わりました。
私は基本的には午前9時から午後1時までのシフトですが、夏休みをとられる方の分もカバーするので、午後5時からのダブルヘッダーで登板することも多くなります。
夏休みが終わるころには子供たちの顔は日に焼けて少ししまって見えます。
ぽっちゃりしていた小学1年生は幼児から少年の顔つきに変わるのが分かります。
中学生は背が伸びて見下ろされるほどに。
大学2年生になった卒業生に久しぶりに会いました。丁寧な言葉づかいも気配りも出来る好青年になっていました。何より嬉しく思う瞬間です。

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今年の梅干し

今年は青梅をたくさんいただいたので、せっせと梅のお仕事に精を出しました。
梅は待っていてくれないので神戸に行く前に塩漬けにして冷蔵庫へ入れました。
帰宅した頃にはほどよく白梅酢があがっていました。
晴れの続く日を待ってベランダに笊を並べました。黄色い梅は天日に干されて赤く変色します。日中に一度ひっくり返して夕方にはきれいな梅干し色に。三日間これを繰り返すと完成です。今年はどこのお家にお嫁に行っても恥ずかしくないべっぴんさんの梅干しが出来ました。もう三軒ほどお嫁に行きました。

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神戸へ

6月17日(水)から21日(日)まで、単身赴任中の夫のところへ行きました。
旅友のM・KさんとH・Hさんも一緒です。
友人たちとはお互いに家が近く、自宅に招きあい酒盛りをする家族ぐるみのお付き合いです。
神戸の家で過ごしてもらいながら観光をしようという計画を立てました。

6月17日(水)雨
Mさんと私はタクシーで駅へ。午前中仕事のあるHさんとは駅で待ち合わせをして新横浜へ向かいました。シューマイ弁当を買って新幹線で新神戸へ。三宮へ出て阪急神戸線に乗り換えて、王子公園駅で下車。マンションへ無事到着。一休みしてから夕食の買い出しに水道筋商店街へ。
主婦が3人もいるとなんでも手早い。狭いキッチンでもあっという間に夕食の準備が整ったところへ夫が帰宅。酒盛りをしながら明日の計画を立てました。

6月18日(木)曇り時々小雨
三宮駅で有馬温泉行きの14:40のJRバスを予約してから、北野坂を登る。目指すは「風見鳥の家」「うろこの家」などが立ち並ぶ北野異人館エリアへ。三宮の駅前で、さてどちらへ行けばと、地図を広げているとシルバーボランティアの男性が走り寄って来て、そこの赤い矢印の看板のところを登って行ってねと、笑顔で送り出して下さった。20歳の時に一度訪れていたが全く記憶が無く急勾配の坂にもびっくりしながら「風見鶏の家」へ到着。隣には北野天満宮。市内の眺望は生憎の小雨混じりで残念でした。「うろこの家」へ。磁器のコレクション、ガレの照明器具などが展示されている内部を見学しました。坂を下り途中でランチを楽しんでからバスで有馬温泉へ出発。
30分ほどで有馬温泉駅に到着。金泉の足湯につかってから炭酸せんべいやちりめん山椒を買ってからタクシーで宿へ。貸し切り状態の温泉をたっぷり楽しんで疲れをいやしました。

6月19日(金)小雨
有馬温泉を出発。再び三宮駅に戻り姫路城を目指しました。
雨のお陰で、混雑はなくすんなりと見学をすますことが出来ました。
お城の見学は足腰の元気なうちにと実感して、姫路おでんの昼ごはんを楽しんで帰宅。

6月20日(土)曇り
神戸市内を観光。花時計前から市役所の展望台へ。ボランティアの方が説明をしてくださる。晴れていれば淡路島も見えるそう。
東遊園地内の阪神淡路大震災の慰霊と復興のモニュメントを訪ねました。
地下に入ると「瞑想空間」には震災で亡くなられた方の銘板が掲示されていました。
知っていても目の当たりにすると、亡くなられた方の数の多さに改めて驚きました。
ご冥福をお祈りするばかりです。
居留地を散策して、大丸デパートへ。津曲のクッキーをお土産に買って、神戸牛のランチを堪能して帰宅。いったん休憩してから電車で岡本駅へ行って、モンロワール本店のチョコレートとふろいん堂のパンを買いました。

6月21日(日)晴れ
遅めの朝食を食べて新神戸へ。
この間、夫の話は全く出てきませんでしたが、平日は会社へ行っていましたが、オバサン3人と楽しい食卓を囲んでいました。
新横浜駅は雨がかなりひどく降っていましたが、横浜線に乗り換えて駅にたどり着くとMKさんのご主人が車で迎えに来てくださっていました。
夫たちに愛されているオバサン3人の旅は無事終了しました。

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姫路城見学

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6月18日  雨
有馬温泉から三宮へ戻り姫路城へ向かいました。
霧雨にけぶる姫路城。
天気のせいか、白鷺城ではなく『真っ白すぎ城』と悪口を言われているがそのようには見えませんんでした。とても優美なお城です。

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あえて言わないという選択も

私の友人たちは皆60歳前後。
子育てが終了して、おばあちゃんになったり、親の介護や看取り、夫の定年、そんな話題が多くなっている。最近になって、子供が学校へ行っていた頃に一緒に役員をしていた方が2人も癌で亡くなった。
エンディングノート、終活という言葉も珍しくなくなった。
私も断舎利して身辺整理を心身ともに元気なうちにと、あれやこれやと気になり始めている。

先日、友人の話を聞いていてふと思った。
すい臓がんの末期と告げられて、一切の治療を拒否して自宅で家族に見守られて亡くなった女性は、自分の死後のことを事細かにノートに書き遺して逝った。
残された家族はそれからが大変だった。遺骨は自分の実家のお墓に。夫の親戚には一切連絡をしないように。仏壇はあそこへ。○○はこうして、△△はああして。わたしの××は・・・・延々と綴られたノートの言葉は最愛の妻を亡くして悲しむ夫を疲労困憊させた。息子や娘の行動も縛った。そして夫の親戚も遠ざけさせた。
私もせめて遺言の1つもと思っていたが、書き残した物が残された者を縛るのはいやだなと考えた。莫大な財産があるならともかく、私のささやかな人生で残すものなどほとんどない。物ではなく記憶が残ればそれでいい。そしてそれもいつか忘れ去られる。人の歴史はそんなものだろうと。それで良いのだと。

「楽しい人生でした。皆様お世話になりました。さようなら」
これくらいで十分な気がする。
お墓はいらない、戒名も不要。散骨か樹木葬で・・・と思っていたけど、死んだら分からないから後は皆様のよろしいようにお任せします。これではあっさりすぎるかな?

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神戸の人に

夫は現在単身赴任中。
2012年4月18日のブログに静岡へ単身赴任した夫のことを書いてから、3年が過ぎました。
現在夫は神戸市に赴任中です。今年の春で静岡市から異動になるかもしれないと思っていたのですが、半年早く昨年の10月に神戸市に異動となりました。
9月に不動産屋を回り賃貸契約をして、10月に静岡市から引っ越しました。
そして11月には京都の義母の入院、手術があり毎月神戸市へ通いました。
静岡とくらべ神戸は遠く、夫の帰宅する回数が減りました。
ゴルフや飲み会が入れば帰れません。最近は月に1回のペースになりました。
息子は週末に帰ってくる生活なので、普段は娘との2人暮らしになりました。
そして、私は糸の切れた凧のようにあちらこちらへと出かけているわけです。
来月、神戸へ行く予定です。
阪急電車の王子公園と言う駅です。
なれない私は 八王子公園 と言い間違えてばかりいます。
義母は息子が神戸に住むことになって嬉しそうです。

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