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あえて言わないという選択も

私の友人たちは皆60歳前後。
子育てが終了して、おばあちゃんになったり、親の介護や看取り、夫の定年、そんな話題が多くなっている。最近になって、子供が学校へ行っていた頃に一緒に役員をしていた方が2人も癌で亡くなった。
エンディングノート、終活という言葉も珍しくなくなった。
私も断舎利して身辺整理を心身ともに元気なうちにと、あれやこれやと気になり始めている。

先日、友人の話を聞いていてふと思った。
すい臓がんの末期と告げられて、一切の治療を拒否して自宅で家族に見守られて亡くなった女性は、自分の死後のことを事細かにノートに書き遺して逝った。
残された家族はそれからが大変だった。遺骨は自分の実家のお墓に。夫の親戚には一切連絡をしないように。仏壇はあそこへ。○○はこうして、△△はああして。わたしの××は・・・・延々と綴られたノートの言葉は最愛の妻を亡くして悲しむ夫を疲労困憊させた。息子や娘の行動も縛った。そして夫の親戚も遠ざけさせた。
私もせめて遺言の1つもと思っていたが、書き残した物が残された者を縛るのはいやだなと考えた。莫大な財産があるならともかく、私のささやかな人生で残すものなどほとんどない。物ではなく記憶が残ればそれでいい。そしてそれもいつか忘れ去られる。人の歴史はそんなものだろうと。それで良いのだと。

「楽しい人生でした。皆様お世話になりました。さようなら」
これくらいで十分な気がする。
お墓はいらない、戒名も不要。散骨か樹木葬で・・・と思っていたけど、死んだら分からないから後は皆様のよろしいようにお任せします。これではあっさりすぎるかな?

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

やっぱりそういうことを考える年代なんですね。
樹木葬とか海へ散骨とかいろいろありますが、私は合同墓が、一番子供たちの手を煩わせないと考えました。
孫もいないので娘で終わり。
小さい写真を中にして、こどもにひっそり見送られたいです。夫のきょうだいもみんな亡くなってますしね。

投稿: oss102 | 2015年6月12日 (金) 午後 07時43分

そうですね。エンディングノートに書き遺す場合でもやはり遺族を縛りすぎるのは、困りものですね。

誰でもいずれ訪れる最期ですが出来るだけ迷惑かけないようにしたいですね。
片付けもその後ストップしています。
梅雨の季節、雨降りの日が私の片付け日にしています。
60代前後は、人によってパートナーとの別れ、年金生活や定年退職、子供の独立結婚など第3?の人生へ入っていきますね。これもなんだか大変ですが楽しみですよね。(配偶者との別れを除いて)

投稿: 本屋のオバさん | 2015年6月13日 (土) 午後 07時05分

ossさんへ

はい。そういうことをいろいろ考えるお年頃です(*^_^*)
合同墓も選択肢の一つです。
名前を忘れましたが、
死んだ人間が生きている人間に迷惑をかけてはいけないと、言った有名人がいました。
息子も娘も結婚するか分かりません、孫は全く分かりません。
お母さんって面白い人だったよね・・・と、たまに思い出してくれるぐらいで十分です。

投稿: とまと  | 2015年6月14日 (日) 午後 09時37分

本屋のオバさんさんへ

第3の人生は、多分一番短いと思います。
若さの素晴らしいところは、明日が確実にくると無条件に信じられることかな。

片づけは何かのきっかけが無いと出来ませんね。ボチボチと言っているうちに1年があっという間に過ぎています。

投稿: とまと  | 2015年6月14日 (日) 午後 09時44分

読ませてもらい、「参考になりました」くらいでは済まない、死に方の難しさを感じました。「ああ楽しかった」これくらいでいいのだと。死んでいくのに、感情をぶつけては、後味が悪い。ですよね。

投稿: あきの | 2015年7月11日 (土) 午後 09時33分

あきのさんへ

毎日暑いですねsweat01

この記事を書く前までは、私が死んだら・・・などと色々思っていましたが、友人の話はとても参考になりました。

投稿: となりのとまと | 2015年7月24日 (金) 午後 08時50分

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