カテゴリー「書籍・雑誌」の記事

阪急電車

2週間に1回の割合で図書館へ通っています。今回は5冊借りてきました。東野圭吾の『流星の絆』は多分半年くらい前にリクエストしていたはず。ドラマは1回目を観てからは観ていないので、結末は知りませんが・・・<読みたい熱>はすっかり醒めています。

何気なく手にとった本が、「阪急電車」 有川 浩(ありかわ ひろ/女性)著 です。阪急電車は関西エリアの電車なので、乗った事が2回くらいあったかなぁ・・という程度です。そんな阪急電車各線の中でも知名度の低い今津線を主人公とした話でした。

宝塚駅-宝塚南口駅-逆瀬川駅-小林駅-仁川駅-甲東園駅-門戸厄神駅-西宮北口駅・・・これらの駅を往復する間のお話。片道はわずか15分。電車は、人数分の人生を乗せて、何処までもは続かない線路を走っていく----と帯にありました。内容は、読書記録のところをクリックしてください。私の拙い解説よりもわかりやすいと思います。

乗った事がある人にはもっと親近感が湧いて楽しいのかな・・・私だったら京急電車ってとこかな。梅屋敷、生麦、黄金町、立会川、能見台、屏風ヶ浦、安針塚、逸見、大森海岸、なんてね。別に、私はテツコじゃありません。念のため。

| | コメント (6)

生きなおす力

柳田邦夫 : 著 『生きなおす力』という本を読んでいる。

「授乳中にメール  これは虐待だ ! 」━只事ではない子育て状況

東京都内のある総合病院のそばにある母子サービス施設でのこと。出産後3カ月と6ヶ月などの赤ちゃんの定期検診のために病院の小児科にきた母子が、診療後に立ち寄って、赤ちゃんに授乳をしたり、必要なものを購入したりする施設だ。━━十人ほどの若い母親たちが赤ちゃんに授乳していた。ところが、どの母親も母乳を吸う赤ちゃんの顔を見ていない。それどころか、他の母親と会話もしていない。ひっそりとしている。何をしているのかと見ると、全員が黙々とケータイでメールの確認や打ち込みをしていたのだ。

ひと昔なら、母親同士が例え初対面でも、互いに相手の赤ちゃんの事を聞いたり心配事を話したり、おしゃべりの輪ができていたし、母親はたとえおしゃべり中でも自分の赤ちゃんの顔をしっかりと見ていたものだ。━━ 母親の関心の対象が赤ちゃんからもそばにいる母子たちからも離れた、どこか別のところにいる誰かのところへ飛んで行ってしまっている寒々とした情景だった。ケータイ文化も、ついにここまで来たかと、私は慄然としたのだ。進化する「壊れる日本人」と言おうか。

これを読んで、ナルホド、ここまで来たのか、という感想を持った。著者は、便利さの陰で失われていくものの重大さを訴えている。つぎも興味深かったところ。

心の「一足跳び」の成長

赤ちゃんは、この世に生まれ出ると、次々にさまざまな困難に直面する。痛い、かゆい、冷たい、暑い、おむつが汚れて気持ち悪い、空腹、のどの渇き、眠い、怖い、等々。言葉で表現できない赤ちゃんは、自分では処理できない葛藤に直面すると、温もりと安心感のある懐かしい時期に逃げこむ、いわゆる「退行」を起こす。葛藤の感情は「しがみつく(Cling)」 「泣き叫ぶ(Crying)」 「おこりっぽい(Cranky)」という形で表現する。これを赤ちゃんの葛藤の表現「三つのC」と呼ぶ。これに対し、母親(または父親)が本能的にあるいは直感的に、赤ちゃんの葛藤や求めを理解して対処をし、しっかりと目を見て温もりのある、”抱きしめ”をしてあげると、赤ちゃんの心は階段を一段ステップアップするように、ポンと一段階成長する。これを「一足跳び」の成長という。

心の成長は緩やかに連続的に上昇していくのではなく、非連続的なのだ。つまり、赤ちゃんは自分で処理できない葛藤に対して、母親が適切に対応して解決の筋道を付けてくれると、それによって混沌としたものを整える学びを得るとともに、新しい知覚能力を得る事になる。

知っていましたか? では、母親が赤ちゃんの訴えを理解できずに、叱りつけたり、叩いたり、あるいは放置したりすると、赤ちゃんにはどんな事が起きると思いますか?

興味のある方は読んでみてください。

参考までに目次を載せておきます。

授乳中にメール これは虐待だ! ・只事ではない子育て状況・母子の関係の希薄化・心の「一足跳び」の成長・虐待の連鎖を断ち切る・恐るべき虐待の蔓延・ケータイを溝に捨てよ

子どもとケータイ 規制だけで解決? ・包丁とケータイ・二兆円か子どもの未来か・求められる想像力・ネット社会の無残・ネット社会の土石流・ケータイネット依存症脱却こそ

脳を壊すケータイ 親よ学校よ気づけ ・登場した電磁波問題・ケータイは脳を壊す?・「科学的証明」の落とし穴・ケータイから脳を守る10カ条・影響の多様な側面・倫理性喪失のネット社会

子どもの心発見 ノーテレビ・デー ・首相決断の架空ドラマ・「首相謝罪の」意味・小中学生に携帯は不要・親の苦悩VS業界のラッパ・ケータイは幼いうちに?・失っていたものへの気づき

いいぞ、社長室に絵本! ・五十歳社長の開眼・企業人の”絵本教”入信者が・胎児にも届く読み聞かせ・すばらしき母親たち・驚くべきインパクト

非凡に生きぬく その力の源流は・・・ ・源の泉ははるか遠くに・黒く長い帯状の避難民の列・「私はこの子の母親になる」・魂の寄る辺・異才の源流

まだまだ続きますが、この位で。Photo

| | コメント (12)

黒ねこ亭でお茶を

【 黒ねこ亭でお茶を  】 を読みました。ブログ友のkokoroさんの童話集です。

Photo_2

おばあちゃんが残したステキな庭での動物たちと孫娘マリコのお話。ターシャの庭を想像しながら読みました。少女の頃の自分に出会える物語です。

確かに、私にもそんな時間が流れていた時代がありました。

| | コメント (8)

今日の図書館

ネットで取り寄せを希望しておいた図書が届いていると、図書館からメールで知らせがあった。雨降りで寒い日曜日は読書日和かも、などと思いながら車を走らせた。駐車場がいっぱいらしく順番待ちの車が道路に列を作っていたが、15分ほどで入る事ができた。

頼んでおいた本は、この2冊。表紙のみの掲載。詳しい内容は< 読書記録 >のところに。

Photo  Photo_2

2人とも作品も名前も知らない作家。テレビで紹介されていたのを偶然観て、面白そうだなと、頼んでみた。そして、ついでに借りてきたのが、「隣に居た天才 盛岡中学生 宮沢賢治」と「なんじゃもんじゃの木」の2冊。「なんじゃもんじゃの木」は思わぬ偶然。先日記事を書いたばかりで興味深く、借りる事にした。さて、夕方までの読書タイムを楽しむ事にしよう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

うちもそう?

娘が図書館から借りてきた本を読みながら聞いた。

「お母さんが家にいて、電話が鳴ったらお父さんは側にいても出ない?」

「うん。出ない。私が揚げ物していても、泡だらけの手で食器を洗っていても、自分はテレビを見ていて電話のすぐ横にいても、電話 ! と私に言う」

「それって、電話に出るのは主婦の仕事とか思っているから?」

「さあ、それは父に聞いとくれ。とにかく出ないよ。電話の側まで行って、ナンバーディスプレイを確かめて、○○(←私の実家の事を地名で言う)から電話って呼ぶからね。私は、ディスプレイ見て 京都から電話とは言わないで、おばあちゃんとお話しするけど」

↑夫は黙って聞いていた。

「ふーん。本の旦那と一緒か・・・」

気になって、さっき娘から借りて読んだ。

「俺はお前より偉い」だって?

私は寝ていた。電話が鳴ったのはわかった。しかしわが家は三人家族。旦那は起きて活動中。娘も起きて活動中。私が電話に出なくとも、旦那か娘が出れば良い。

実際に旦那が出た。間違い電話だったのか、すぐに切れてしまったようだが・・・。

「具合悪いのかよっ」

旦那が大声で怒鳴った。

私はこの言葉を「具合が悪いわけでもないのに、寝てるんじゃねえよ」と言われていると判断した。

「寝てちゃいけないのか?」

旦那に問うた。すると旦那、不機嫌そうにこう言った。

「ダラダラすんなよ、主婦のくせに電話も取らないで」

出たね、馬鹿発言。

「電話をとるのは主婦の仕事だと言いたいのか?」

「ああ。そうだよ」

「お前、本気でそんなこと思っているのか?」

「お前呼ばわりするな」

「あんたは私を常にお前って呼ぶだろう。なのに、いざ自分がお前って呼ばれるとムッとするって・・・どういうことよ? もしかして、俺はお前よりも偉いとか言いたいんじゃなかろうね?」

「その通りだ。俺はお前より偉い!」

夫婦は平等なんだよっ。人間は平等なんだよっ。外で働いているから? 世帯主だから? 長男だから? そんな理由で偉いと思ってんのか?

電話を取るのは主婦の仕事だ? くっだらないことを言ってんじゃないよ。俺は偉いから家の中の仕事をやらないとか思っているのはね、江戸とか明治の考え方だぞ。━━略━━

そして娘に言う。

「よ~く覚えておきなさいよ、人間は平等なんだよ。それを違うって思うことが差別の始まりなんだよ。差別はいけないよ。特にね、男か女か、自分で選べないようなことで差別することはね、許されないんだよ」 [奥様は毒舌:青月ぱそる著]

娘よ、あなたの父はこの本の旦那ほど馬鹿男ではありません。それから、京都おばあちゃんもこの本の姑ほど酷い事を嫁(←母の事です)にしません。賞味期限切れのモノを送ってくることはありますが、良いところもいっぱいあります。それから、結婚する相手は慎重に見定めて下さい。こういう男は年齢に関係なくどこにでもいますから。

| | コメント (20) | トラックバック (0)

ねにもつタイプ

ブログ友のビディの母さんのところで紹介されていた本を図書館へ頼んでおいた。

今日、図書の返却に行くと、届いていますよ、と言われて受けとってきたのが、この本。

「ねにもつタイプ」<岸本佐知子 著>

観察と妄想と思索が渾然一体となったセッセイ・ワールド。 と紹介がある。

さてと~ 今夜は これを読みながら、眠ることにしよう。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

仏果を得ず

  Photo_2

三浦しをん著「仏果を得ず」は文楽の世界を描いた作品。文楽に賭ける若手大夫の熱い青春、とある。人間国宝の銀大夫師匠をはじめ兄弟子達との人間関係も面白く描かれている。なにより、文楽の世界が楽しそうに見えてきた。

「幕開き三番叟(まくあきさんばそう)」

「女殺油地獄(おんなごろしあぶらのじごく)」

「日高川入相花王(ひだかがわいりあいざくら)」

「ひらかな盛衰記(ひらかなせいすいき)」

「本朝廿四孝(ほんちょうにじゅうしこう)」

「心中天の網島(しんじゅうてんのあみじま)」

「妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)」

「仮名手本忠臣蔵(かなてほんちゅうしんくら)」

タイトルを見ると、かつて受験勉強で仕方なく覚えた浄瑠璃の題名をかすかに思い出した。恥ずかしながら文楽のことはまったくと言っていいほど知らなかった。話の内容も、何となく知っているものもあるけれど、近松門左衛門って人はこんな話を書いていたんかいな~と改めて思う。登場人物の名前もいくつかは聞いたことがあるが、堅苦しくて難しい話と思っていた。(若い男が近所の親切な主婦を油でギトギトになりながら殺す話、簡単に言うとこんな具合になってしまうが、実はもっと深く、江戸時代の身分制度によりあらかじめ定めづけられた生への疑問を近松は描いているらしい。) 男と女の愛憎や、忠義と己の名誉の板挟みなどなど、人間臭い話がゴロゴロとでてくる。妻と愛人の間でフラフラする情けない男の話は、今でも巷でよく聞く話と似ている。読み終わってみると、文楽の世界はなかなか奥が深そうだ。劇場へは行けなくても、テレビで中継があったら観てみたいと思った。

仏果とは、修行によって到達される仏の位。修行を因(仏因)とするため、仏を果とし仏果と称する。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

図書館へGO

借りていた宮部みゆきの「楽園 上・下」を読み終えたので、返却に出かけました。頼んでおいた、南木圭士の新刊「トラや」が届いているとメールをもらっていたのでそれも借りるためです。

今回はその他に、浅田次郎の「月下の恋人」、ねじめ正一の「老後は夫婦の壁のぼり」、今江祥智/田島征三の「ひげがあろうがなかろうが」、青井夏海の「雲の上の青い空」、イアン・R・マクラウドの「夏の涯の島」、計6冊借りてきました。日曜日は読書デイです。

17日の木曜日から、初心者太極拳教室が始まりました。毎週木曜日に10時から11時半まで、全部で10回の講習です。男性と女性の割合は1:6位です。男性はリタイア組の方ばかりのようです。定年を迎え何か始めてみようかなと、家を出てきた感じがする人が半分、すでに定年生活が長く体力の衰えを心配して参加した人が半分と言う感じです。女性は30歳代から70歳代までと幅広い年齢層の人がいますが、一番多いのは60歳代の人たちのようです。太極拳は、とにかくゆっくりと動き、ゆっくりと呼吸をするのに慣れるまで難しそうです。鏡に映る姿は、かなりアヤシイ動きです。10回の講習が終わる頃には様になっていることを想像し、皆勤賞を目標に頑張ります。

| | コメント (17) | トラックバック (0)

「林住期」読みました

7月に図書館へリクエストをしていた、五木寛之著「林住期」がやっと手元に届きました。話題の本でしたから半年近く待った訳です。本の最初には、こう書かれています。

【古代インドでは、人生を四つの時期に分けて考えたという。「学生期(がくしょうき)」、「家住期(かじゅうき)」、そして、「林住期(りんじゅうき)」と「遊行期(ゆぎょうき)」。「林住期」とは、社会人としての務めを終えたあと、すべての人が迎える、もっとも輝かしい「第三の人生」のことである。】

人生を100年として、25歳ごとの区切りをしています。今年50歳になった私は、まさに「林住期」のスタート地点に立ったと言うことになります。しかし、読み進めていくと、どうにもなぁ、と思うことが繰り返し書かれています。

【五十歳で、いったんリタイアしてはどうかと思うのだ。そのためには、二十五歳から五十歳までの「家住期」を必死で働かねばならない。女性であれば五十歳で家庭から、夫から、子どもから自立することを、早くから思い描くことが大事なのだ。】

【そんなことができる訳はないじゃないか、と苦笑されて当然だ。世の中には、自分や自分の家族達を支えるためだけでなく、両親や近親者の面倒をみなければならない立場の人もすくなくないだろう。 その全てを承知した上で、あえて私は「林住期」を人生のオマケにはしたくないと考える。】

【繰り返すが、五十歳になってからでは遅いのだ、五十歳から七十五歳までの「林住期」を、どう生きるかを「家住期」のときこそ構想する必要がある。「家住期」、すなわち社会人のあいだに、しっかりと資金をたくわえておく。子どもたちはちゃんと二十歳ぐらいで自立させたいものだ。二十歳が無理なら、「学生期」のおわる二十五歳では家を出ていくように育てる。配偶者のことも考えておこう。もし、定年後に自分が家を出て、何年も帰ってこなかったとしても、ちゃんと生活できるように手を打っておかなければならない。男性も女性も、「家住期」を過ぎて、「林住期」を迎えたならば、一度は家庭を解体してみてはどうかと考える。】

共感できる部分もありましたが、読んでいるうちに 、なんだかなぁ、という思いが胸の中に降り積もってきました。五木寛之氏には子どもがいたんだっけ?  流行作家は収入も多いだろうなぁ。五十歳では、もう遅いんですか・・・? 家のローンを抱え、子どもの学資を捻出しなければならない「家住期」は経済的には一番苦しい時期、その時期にしっかり蓄えて「林住期」に備えることができる人は、そう多くはないと思うのは、私だけでしょうか。格差社会と言われる世の中で、五十歳でリタイアして「林住期」には金を稼ぐためでなく生きるということができる人がどれだけいるのだろう、と考えてしまう。いいよね、そういう生き方ができたらさ。でも、まだ家のローンが残っているし、子どもだってまだ学生やっているし、貯金だってすぐ底つきそうだし、五十歳で会社を退職されては困るなぁ、と思いながら横目で夫を見ます。夫婦の友情を信じてそれぞれの生きたい道を選ぶには、五十歳になってからでは遅いということですかねぇ。必死で、子育てをして生きてきたら五十歳になっていました。貯金も少しはありますけど、ローンもあります。子どもに手がかからなくなったら、年老いた親の介護が待っていました。夫も私もやりたいことは胸の中にあります。それができるかできないかはその人しだい、と言われてしまうと、悲しい気持ちになります。自分の人生の果たせなかった夢を抱いて、悶々と生きている人々が大勢いるような気がします。読後は、「林住期」よりもやはり「臨終期」を連想してパタンを本を閉じました。

| | コメント (17) | トラックバック (0)

出会えた言葉

  生きていれば、何事かが不可能になるのは、ありがちなことだ。人生というのは、様々な可能性がつぶされていく過程に外ならない。その当たり前のことを、どう受け止めていくかが、人としての値打ちだろう。

 ただ、それは、言葉にできても実行の難しいことどもが作る、登りにくい山の、さらに頂きにある。

 夜と昼があり、曇りと晴れがある。そうやって、一日一日を過ごしていくのだ。

 ━ しかし、何かを失えば、また何かを得ることもあるのだろう。         

                       =北村薫 著 『1950年のバックトス』=

好きな作家の一人だ。読後にいつも心が満ちていくのを感じる。生きていくことに勇気を貰える。失うことは悪いことばかりではないのだ。何かを得ることもあるはず。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

のんべんだらり

【とんでもない。仙人などはつまらぬものだ。ただ長生きするために汲々としておる。あれをやってはいけないこれをやってはいけない、長生きのための長生きなど面白くもなんともないわ。長生きはのんべんだらりと無意味にしてこそ意味があるのだ】・・・秋梨惟喬著・『もろこし銀侠伝』より

なるほど、なるほど、「のんべんだらりと無意味にしてこそ意味がある」のか。まあ、いろいろやろうと思っても、長続きせずのんべんだらりと生きている人の方が多かったりして。何かをなし遂げる事も無く、偉業を後世に残すこともなく、のんべんだらりと面白おかしく生きるくらいで、人生はちょうどいいような気もする・・・。

| | コメント (18) | トラックバック (0)

読書中=びわの実ノート

             びわの実ノート

           Img_0593

昨日の夕方に、ペリカン便のお兄さんが届けてくれました。注文してから待つこと3週間。やっと手元に来た本です。ブログ仲間のkokoroさんの作品が掲載されているのを知ってポプラ社に頼みました。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

7月の本

7月のおすすめ本 更新しました。

画像が入らなかった本があったので、こちらに載せておきます。

         Photo_10

もうすぐ夏休みですね。 たくさんの本との出会いがありますように。

| | コメント (12) | トラックバック (0)

今月のおすすめ本

                    Photo_9

子供が小さかった頃、こんなことをしたのを思い出します。

「おかあさん。ボクのこと好き?」

「うん。大好き!!」

「ボクも大好き。こぉ~~~んくらぁい~!!」

「おかあさんも、こぉ~~~~んくらぁい!!」

「ボクは、こぉ~~~~~~~んくらぁい!!」

「おかあさんは、こぉ~~~~~~~~んくらぁい!!」

「じゃあ、ボクは、こぉ~~~~~~~~~~んくらぁい!!」

| | コメント (12) | トラックバック (0)

不幸の連続

     Img_0466

レモニー・スニケットの「世にも不幸なできごと」は 読めども読めども 主人公の子供たちは、幸福どころか不幸のどん底です。モチロン、そんな事で文句を言ってはいけません。だって、この本の最初に、作者はちゃんと書いていますから。

*まことに申しあげにくいことながら、あなたがその手につかんでいるこの本は、非常に不愉快な本である。ここに語られるのは、可哀相な三人の子供たちをめぐる可哀相な物語だ。この不愉快な物語を書くのは、わたしの呪われたさだめである。しかし、こういう話は我慢ならん、と言うのであれば、どうか遠慮なくこの本をうっちゃって、幸せ満載の読み物を手にとることをおすすめする次第である。*

5巻まで読み進めました。しかし、幸福の兆しがみえ始めたかと思うと、またまた災難が襲いかかります。あんまりな展開に不幸な物語のはずなのに、笑いさえこみ上げてくるのです。さて、彼らには幸せがくるのでしょうか?  それとも、スニケット氏のいうように、ハッピーエンドは来ないのでしょうか?  ハリーポッターよりおもしろいという人もいますが・・・。

| | コメント (20) | トラックバック (0)

読書=家守奇譚=

           家守綺譚

この作家の本を読むのはこの作品が初めて。

(娘の書棚には『西の魔女が死んだ』があったと 記憶している)

サラサラと 心の中に流れる様に 言葉が私のからだの中を巡って行く。

白木蓮の蕾を見たら 次から私は 中で白竜が生まれる日を待ちながら 眠っていると思うだろう。

サルスベリ、都忘れ、ヒツジグサ、カラスウリ、木槿、ツリガネニンジン、・・・目にするたびに 話を思い出すにちがいない。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

こねこちゃんしりーずの紹介です

4323009577  4323009550  03938595  4323009534   4323009569  4323009542  4323009518  4323009526

ゆさんへ

金の星社のサイトにありました。特にお気に入りは『いただきまーす』『うみだーいすき』『すてきな ずぼん』でした。

歩くのが遅かった息子は、歩くより先に本を読み始めました。それが『いただきまーす』の出だしの『こんばんの おかず・・・』でしたよ。

本の紹介の所に画像が入らなくて残念です。どうもうまくいきません。

| | コメント (14) | トラックバック (0)

『カレンダー』 読書中

これは児童書に分類されているのですが、なんか、良いです。

昨日読んでいて、この気持ちわかるなぁ・・・と思わず呟いてしまった文章。

『カレンダー』 ひこ・田中 著

********************************

             文字暁子の日記

心(しん)さん、私は今、小浜に来ています。一昨日までの長い梅雨も明けて(例年なら、祇園さんの巡行までに明けますのに、今年は夏休みに入ってやっと)、今日は快晴。久しぶりにかいだ潮の香りは、とても心地よい。

心さん、まだ中学生になったばかりの孫を家に一人で置いて、旅するのは、間違っていますか? ましてや、孫が女である場合は。

もしそうだと言われるのでしたら、ごめんなさい。祖母の私は勝手して、一人旅を決めましたけど、心さんはこう思っているのかもしれないですね。『私の大事な娘を一人にして、いいかげんなおばあちゃんだ。これだから安心して眠ることはできない』と。

けれど心さん。今回の旅は、一泊とはいえ、私にとっては生まれて初めての、本当に本当の一人旅なのです。

いつもいつも、だれかが一緒でした。子どもの時は両親と、嫁いでからは夫や自分の子どもと。そして、夫も子どももいなくなってからは、孫娘と二人で。それもわずか数えるほどしかありませんが。

心さん、翼を一人にして旅をすることに対して、別れた夫を除けば、翼の唯一の保護者である私の中で、後ろめたさのようなものがなかったと言えば嘘になります。これまで、ほんの赤ん坊の時以来ずっと、あなたに託された翼ですから。しかし、私は自分が翼の保護者であることと同時に、一人の文字暁子でもありたいのです。

この世に生を受けて以来、これまでの私は、だれかの娘であり、だれかの妻であり、だれかの母であり、そしてだれかの祖母でした。妻と祖母の間に、ほんのわずかの時間でしたが、心さん、あなたの姑でもありましたね。

心さん、私はそれだけの自分、いつもだれかの何かかである自分にいささか疲れたのです。いい歳をして何を今さら青臭いことを考えるのだと、笑われるのかもしれませんが、しかし、むしろ笑うべきは、いい歳になる今まで、だれかの何かである以外の自分を持てなかった私のふがいなさの方だと思います。

違いますか? 心さん。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・つづく

そう思って、または漠然とそんな不安や不満を抱えて人生をやり過ごして来た人は 沢山いるのだな。私もその一人だ。そう思いながら、読みました。

京都が舞台の小説なので、新京極や高島屋や 藤井大丸の「お子様ランチ」、リプトン、なんかが出てきて 京都に詳しい人は 別な意味で楽しめます。

まだ、途中やから、感想は またにします。

***************************************

2月3日の午前中に 実家の兄が母を送ってきました。これからしばらく我が家で暮らします。介護認定も『要介護 2』でした。 ケアマネと面談して、ケアプランの作成をしてもらう様に託かりました。こちらにいる間に デイとショートのサービスを受けてみようと思います。実家と私の住まいの両方に施設がある所に頼んで欲しいと言うことなので、そこになると思います。きょうの午後 ケアマネさんから連絡があります。

| | コメント (24) | トラックバック (0)

読書中です。

404873601901_ss500_sclzzzzzzz_v111752435_1フライ・ダディ・フライ

                                       金城  一紀

         403540230309_ss500_sclzzzzzzz_v105660116           夢の守り人

                                     上橋  菜穂子

今夜借りてきました。どちらの著者も初めてです。

寝る前の睡眠剤代わりの読書ですから、あまり刺激の少ないものにしたつもりですが・・・。どうなんでしょう。 リストには本のイメージが入らなかったので、ここに入れてみました。

| | コメント (17) | トラックバック (0)

待ち伏せの待ち伏せ?

大好きな作家に北村薫がいます。その作家の作品を糸口に多くの作家を知ることができる楽しみがあるのです。この作家の読書量は噂に高く、彼の博覧強記は私の憧れです。

今、少しの時間があると広げる本があります。

                  026371830000

読んでいて、娘とのピアス談義を思い出しました。

  「身体髪膚之を父母に受く。敢えて毀傷せざるは孝の始めなり」(孝経)

の文に出会いました。北村氏は 子が傷ついた時の親のつらさは 頭では理解していた。だが、ひたひたと迫る切なさとして実感し、<<ごめんなさい>>と思えるようになったのは、四十を過ぎてからだと 書かれています。そして、<<それは、自分も子を持ったからだろう。親になったせいだろう>>と、思われるかもしれないが、問題は別なのだと言う。あくまで<<子>>としての私と、<<親>>との問題なのです。つまり、子を持ったからというより、親を失ったから、強くそう思うようになったのです。━━とありました。

さて、娘とのピアス談義ですが、娘の通っていた高校は、いわゆる有名私立高校で、校則も厳しい方でした。卒業してから髪を染めることを楽しみに、ピアスを着けることに憧れていたようでした。四月に大学に入ってから高校のときの友人の誰それがピアスを着けたとか、大学の人は結構着けている人が多いなど 何度か娘からはピアスの許可を求める話が来ました。その都度、私がこだわる思いは自分でも何なのだろうと 感じながら、感染症の恐さや ピアスの穴をあけていると献血ができない などを伝えて良い返事をしないまま今日まで来ているのです。

自ら進んで、父母から受けた身体を毀傷することは 親子の縁を切ろうとするのも同じだと どこかで思っていたからだろうと 思い至ったのです。さて、今や死語とも思える先の言葉は一体どこで私の身体にしみ込んだのかと 考えてしまいました。私は卒業式で「身を立て、名を揚げ やよ励めよ」と歌った世代ですが、これが<<孝の終わり>>から来ていると知っていたわけではありません。周りから自然と耳に入った言葉なのでしょうか。この感覚を現代に生きる娘に分かれと言うのは、難しいことのように思ってしまいます。

本のなかで北村氏は 石垣りんさんの詩を載せています。

               悲しみ

私は六十五歳です。

<

このあいだ転んで

右の手首を骨折しました。

<

なおっても元のようにはならない

と病院で言われ

腕をさすって泣きました。

お父さんお母さんごめんなさい。

<

二人とも、とっくに死んでいませんが

二人にもらった身体です。

<

今も私は子供です。

おばあさんではありません。

━━━

北村氏は

そこには、すでにない両親が自分のうちに生きている、生命の灯が繋がっている、という思いもある。

と 書かれていました。

娘にはこの詩を読んでもらおうと 考えています。

| | コメント (14) | トラックバック (0)

てぶくろをかいに

「推薦したい本」のところにも載せましたが、「てぶくろをかいに」と言う話を初めて読んだのは  私が小学2年生のときだったと思います。国語の教科書にその話は載っていました。母さんぎつねの坊やを思う優しい心が胸に沁みました。白銅貨をもって黒いシルクハットの看板を捜してお店に入る坊やきつねの挿絵を 今でも思い出します。間違えて差し出してしまった子ぎつねの手に驚きながらも 手袋を渡してくれる店主の優しさが読み手を安心させてくれます。

冬になると読みたくなる本です。なつかしくて優しい気持ちになります。就寝前にホットミルクと一緒にいかがですか?

           ***************************

さっき学校から帰った娘は、「今日ね久々に『100万回生きたねこ』を読んじゃったァ」といいました。この本は子どもが小さい時によく読み聞かせをしていた本です。泣き虫の私はいつも最後は涙声で、そんな私の話を聞きながら子どもの目にも涙があふれてしまう、そんな想い出があります。

『ねえ、今日も本を読んで泣いちゃったの?』と聞く私に、『最後はいつもグズグズになっちゃうんだよねぇ』と娘。どうも泣き虫は遺伝の様です。

| | コメント (22) | トラックバック (0)

最後の詩集

午前中は病院へ。帰りに本屋さんへ寄る。   

茨木のり子さんの詩集を買う。<最後の詩集>となっていた。   

    茨木のり子 『寄りかからず』

     Photo_8

 

   

            笑う能力

「先生  お元気ですか

我が家の姉もそろそろ色づいてまいりました」

他家の姉が色づいたとて知ったことか

手紙を受けとった教授は

柿の書き間違いと気づくまで何秒くらいかかったか

<

「次の会にはぜひお越しください

枯れ木も山の賑わいですから」

おっとっと  それは老人の謙遜語で

若者が年上の人を誘う言葉ではない

<

着飾った婦人たちの集うレストランの一角

ウェーターがうやうやしくデザートの説明

「洋梨のババロワでございます」

「なに  洋梨のババア?」

<

若い娘がだるそうに喋っていた

あたしねぇ ポエムをひとつ作って

彼に贈ったの  虫っていう題

「あたしは  蚤かダニになりたいの

そうすれば二十四時間あなたにくっついていられる」

はちゃめちゃな幅の広さよ  ポエムとは

<

言葉の脱臼  捻挫のさま

いとをかしくて

深夜  ひとり声をたてて笑えば

われながら鬼気迫るものあり

ひやりともするのだが  そんな時

もう一人の私が耳もとで囁く

「よろしい

お前にはまだ笑う能力が残っている

乏しい能力のひとつとして

いまわのきわまで保つように」

はィ  出来ますれば

<

山笑う

という日本語もいい

春の微笑を通りすぎ

山よ  新緑どよもして

大いに笑え !

気がつけば  いつのまにか

我が膝までが笑うようになっていた

さて、遅い昼御飯のあとは アイロンがけをします。

   

| | コメント (14) | トラックバック (0)

猫町

                       立ち読みしてきた本

                    Photo_6

娘と夫に付き合って本屋さんへ。手にとったのがこの本。

もっとゆっくり読みたかったな。気になりつつ棚に戻してきました。

萩原朔太郎・・・。高校生の時以来かな。写真の猫がなかなか良い表情しています。

                    *****************************

今朝早い時間に兄が母を迎えに来ました。

ひと月余り 私のところで暮らしていたので、母も嬉しそうです。やっぱり自分の家が一番良いのでしょうね。

ひと月の間に 2冊のクロスワードの本をほとんど完成させていました。字を書いたり、数字を埋めたり、そんな作業は母の暇つぶしと脳トレになっていたようです。後は、もう少し散歩をしてくれたら言うことないのですけれど。

        私も、ホッと一息です。  (^-^)

| | コメント (8) | トラックバック (0)

よこしまくん

今日読んだ、絵本です。

推薦したい本のところに 載せておきました。よろしかったらごらんください。

久々に 絵本を読んで、笑いました。

クス、うふふ、ははは・・・。

子ども向けより、大人向けかな・・・

口はワルイが、結構いい奴です。よこしまくん って。

| | コメント (6) | トラックバック (0)